真田信繁と真田幸村の違いは?2016年の大河ドラマ


真田信繁

真田信繁(幸村)は、「家康が恐れた悲運のヒーロー」として

戦国武将の中でも屈指の人気を誇っています。

2016年の大河ドラマは真田信繁(演:堺雅人)を主人公とする

『真田丸』に決定しましたが、それ以前にも1985年の『真田太平記』を

はじめとして多くの小説、ドラマ、ゲームなどで主要人物として描かれている

ことからも人気の高さが伺えます。

このように人気も知名度も抜群の真田信繁ですが、その生涯は

謎に包まれた部分が多く、一般的に知られている「幸村」という名前

でさえもその由来がはっきりしていません。

実際、「幸村」と書かれている生前の資料は1通もなく、

実名は「信繁」であったと考えられています。

「幸村」という名前が初めて現れるのは寛文12年(1672)に

成立した『難波戦記』で、この軍記物語が人気を博し広く読まれる

にしたがって「幸村」という名前が一般的に認知されるようになったようです。

ですが、なぜ「幸村」という名前になったのかは諸説あります。

「幸」という字に関しては、真田家の通字から付けられたと

考えるのが合理的でしょう。

通字とは一族で代々使われる字で真田家では「幸」という字が使われています。

例えば信繁の父は昌幸、祖父は幸隆です。

一方で「村」はというと信繁の姉の「村松」に由来するという説、

信繁の子孫が仕えた仙台の伊達家の藩主の「綱村」に由来するいう説、

妖刀「村正」に由来するといった説などがあり確かなことは分かっていません。

しかし、面白いことに「信繁」が正しく、「幸村」は間違いというのも正確ではありません。

というのも「幸村」という名前があまりに広く知られることとなったため、

『寛政重修諸家譜』のような幕府が編纂した系図資料や信繁の兄「信之」が

藩祖の松代藩の正史にも「幸村」という名前が採用されているからです。

いずれにせよ、その謎多き生涯と悲劇的な結末が古くから日本人の心を

魅了し「真田幸村」というヒーローを生みだしたのでしょう。

さてその大河ドラマの真田丸のキャストは以下の通りです。

真田信繁(真田幸村)–堺雅人
きり–長澤まさみ(真田信繁の生涯のパートナー)
梅–黒木華(真田信繁の初恋の女性)
すえ(真田源次郎と梅の娘・阿菊)–
真田信之(真田信幸)–大泉洋(真田信繁の兄)
松(村松殿)–木村佳乃(真田信繁の姉)
真田昌幸–草刈正雄(真田信繁の父)
薫(山手殿か?)–高畑淳子(真田信繁の母)
とり–草笛光子(真田信繁の祖母と言う事なので真田幸隆の正室で河原隆正の妹・恭雲院か?)
小松姫–吉田羊(兄・真田信之の正室)
高梨内記–中原丈雄(きりの父)
堀田作兵衛–藤本隆(宏梅の兄)
佐助(猿飛佐助)–藤井隆(真田信繁に仕える忍者)
出浦昌相(出浦盛清)–寺島進(真田家の忍者を操る)
室賀正武–西村雅彦
矢沢頼綱–綾田俊樹
矢沢頼幸(矢沢頼康、矢沢三十郎頼幸)–迫田孝也
小山田茂誠–高木渉
真田信尹–栗原英雄
侍女–岡村いずみ
おこう–長野里美
与八–今野浩喜

徳川家康–内野聖陽
阿茶局–斉藤由貴(徳川家康の側室)
本多正信–近藤正臣(徳川家の名参謀)
本多忠勝–藤岡弘(徳川家の猛将で小松姫の父)
服部半蔵–浜谷健司
石川数正–伊藤正之